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有森、転んでも笑顔の最終走


転んで傷だらけになりながらも、笑顔と涙でコースを駆け抜けた。引退レースとなった18日の東京マラソンを、2時間52分45秒の5位で完走した五輪女子マラソン2大会のメダリスト、有森裕子さん(40)。山あり、谷ありの競技生活を象徴するラストランに「最高の終わり方ができました」と声を詰まらせた。

 ハプニングが起きたのは22キロ過ぎ。後続ランナーと足がぶつかり、前のめりに転倒した。腰や胸を強打し、両方のひざと手のひらから出血。「気がついたら目の前に地面。これで終わりかと思った」。しばらく、うずくまったが、「きょうははってでもゴールすると私が言ったんだから」と自らを奮い立たせた。寒さで痛みがまひしたのを幸いに、懸命にゴールを目指した。

 「アリモリという人が大勢走っているんじゃないかと思うぐらい、みんなが私の名前を呼んでくれた」。感激がこみ上げ、目頭が熱くなった。5年3カ月ぶり通算12回目のマラソンでタイムは最悪だったが、「満足です」という走りだった。

 92年バルセロナ五輪で、陸上日本女子64年ぶりとなる銀メダルを獲得。かかとを手術するなどの苦難を乗り越えて挑んだ96年アトランタ五輪では銅メダルを手にした。その後、日本の陸上女子として初のプロ選手に。先進的な動きに、周囲から批判的な声も上がった。だが、企業を離れた利点を生かし、カンボジアの対人地雷除去支援などをするNPO(非営利組織)を設立し、国連親善大使や、スポーツ選手のマネジメント会社の役員も務める。

 スポーツ選手として新たな道を切り開いてきた有森さんは「ランナーとして、やり残したことは、これからの人生でトライし、表現していきたい」と将来の夢を描く。レース後、恩師の小出義雄さんから「おまえの影響は本当に大きいよなあ」と声をかけられ・・→ニュースRankingへ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070218-00000030-mai-soci

魔裟斗が女優の矢沢心と入籍!「彼女はケアができる人」


2月13日(火)都内ホテルにて、かねてから交際中だった魔裟斗と女優の矢沢心が二人揃って入籍報告会見を行った。二人の薬指には愛の証である結婚指輪が。「K-1の選手としてこういう会見は初めてなので、“そんなもんか”と思われないくらいの指輪を贈りました」とのこと。

 二人は共通の知り合いを介して知り合い、約6年間の交際期間、その間5年の同棲期間を経てゴールイン。『K-1 WORLD MAX』が始まったのが2002年なので、ほぼ同時期に矢沢が勝利の女神になっていたということになる。2月に入ってから都内で婚姻届を提出した。入籍を今日発表することにしたのは、風水の先生から今がタイミングがいいとアドバイスされたからだという。

 嬉しさいっぱいの矢沢は「結婚するとは思わなかったけど、この人ならいいかもとビビッときた」と告白。魔裟斗は「彼女の食事や家事などケアできる部分に惹かれた。練習で疲れて家に帰るとご飯を用意して待っていてくれました」と矢沢の家庭的な面が結婚の決め手となったようだ。

 入籍はしたが、魔裟斗は4、6、9月と試合があるため「試合のこと以外は考えたくない」とのことで、結婚式は9月以降を予定。新婚旅行は試合の合間を縫って行く予定だ。

 会見の詳細は後ほどアップ!

魔裟斗(まさと)1979年3月10日、千葉県柏市出身。本名:小林雅人。身長174cm、体重70kg。血液型はO型。2003年に日本人初のK-1 MAX世界王者となる。端正なマスクと世界と渡り合う実力で女性を中心に幅広い人気を得て、格闘技をメジャーにした立役者の一人。シルバーウルフ所属。

矢沢心(やざわ・しん)1981年3月16日、東京都西東京市出身。身長160cm、体重43kg。血液型はA型。1997年に映画『バウンス ko GALS」のオーディションに合格してデビュー。女優としての活躍を中心に、バラエティ番組にも出演。ジャパン・ミュージックエンターテインメント所属。

(引用:ライブドアニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070213-00000016-spnavi-fight

井上康生が100キロ超級V/柔道


男子100キロ超級の井上康生(28=綜合警備保障)が転向した同級で出場した初の国際大会で、見事優勝を飾った。3回戦で世界選手権同級2度優勝のミハイリン(ロシア)に優勢勝ち。決勝では、大胸筋腱(けん)断裂の重傷を負った05年1月の嘉納杯国際大会決勝と同じ相手ルイバク(ベラルーシ)に大内刈りで1本勝ちし、北京五輪金メダル獲得に向けて大きな1歩を踏み出した。また、女子78キロ超級の塚田真希(綜合警備保障)も優勝した。

 内またから流れるような大内刈りを仕掛けると、ルイバクは力を失った人形のように背中から畳に落ちた。鮮やかな1本勝ち。その瞬間、井上の緊張に満ちた表情に本来の笑顔が戻った。100キロ超級の国際大会で初優勝。「外国人相手の技、組み手など課題もあったけど、結果が出て良かった。自信をつけることができた」と安堵(あんど)感を表した。

 「回り道」を強いられた悪夢まで振り払った。決勝の相手は約2年前の一戦で全治6カ月の重傷を負ったときと同じルイバク。身長で約10センチ上回る相手に開始50秒、もろ手刈りで技ありを奪われたが、慌てる様子はない。攻める姿勢を失わず、逆転勝ちした。

 昨年11月の講道館杯では1年10カ月ぶりの個人戦優勝を飾ったが、100キロ超級の戦いで「足技での崩し」という課題が残った。この日は2回戦のイリアディス戦では足払いで動揺を誘ってからの内またで快勝。3回戦は男子日本代表の斉藤監督が「今の(井上)康生の力が分かる相手」と話していたミハイリンに対し、終始攻め込んで組み手と足技でペースを握って確実に優勢勝ち。課題克服へ大きく前進したことは間違いない。

 二人三脚で練習を積む父明さん(60)は「本当の復活へ向けて自信をつかめたと思う」と目を潤ませた。「1つ1つが北京に向けて大事になる。1つでも落とすと大変になるという危機感を持ってやりたい」と井上。もう1度、世界一へ−。北京のメーンポールに日の丸を掲げる日まで、その歩みを止めることはない。

(引用:ライブドアニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070212-00000035-nks-spo

愛ちゃん決勝敗戦も復調ムード?!


ジャパントップ12卓球大会が10日、駒沢体育館で賞金大会として行われた。女子シングルスに出場した福原愛(18=グランプリ)は決勝で敗れたが、16強止まりだった1月の全日本選手権から復調の手応えをつかんだ。全日本選手権から約1カ月。フォーム改造、ラバー張り替えなど試行錯誤の段階で、福原が平野と互角の熱戦を演じ、準優勝で賞金50万円を獲得。「どうなるかって不安はあったけど、思い切ってやれた」と安どの表情を浮かべた。

 精神的に成長した。自ら筋力トレーニングのメニューを考え、練習パートナーにも厳しいボールを要求するようになった。先月の敗戦後に「重症」とまで言った父・武彦さんも「これからは自力でやっていかないといけないから」と早大入学を控える娘の成長を認めた。

 大阪・四天王寺羽曳丘中2年の石川佳純(13=ミキハウスJSC)の活躍も「凄くいいボールがあってビックリした」と刺激になっている。11日にはカタールOP出場のため日本を離れる。「プロツアーは久々なんで、ダブルスもシングルスも1試合でも多く戦いたい」。この日つかんだ手応えを結果につなげるはずだ。

 なお、石川は中学生で初めて1次リーグを突破し4強入り。史上最年少で準決勝に進出した全日本に続く“愛ちゃん超え”を果たした。女子は平野早矢香(21=ミキハウス)、男子は吉田海偉(25=日産自動車)が優勝し、ともに優勝賞金100万円を獲得した。

(引用:ライブドアニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070210-00000063-mai-spo

シャラポワ、脚の故障で途中リタイア


女子テニスの東レ・パンパシフィックオープン第5日は3日、東京体育館でシングルス準決勝を行い、世界ランク1位のマリア・シャラポワ(ロシア)が第2セットで脚の故障を訴え、途中リタイア。世界ランク16位のアナ・イワノビッチ(セルビア)が決勝へ進出した。

 19歳同士の戦いは、あっけない幕切れとなった。第1セットを1ゲームしか奪えなかったシャラポワは、セット終了後にトレーナーを呼び、左太もも部分の処置を行った。第2セットのコートに戻ったが、シャラポワが第1ゲームを奪った直後、トレーナーを呼び寄せ相談、リタイアを宣言した。同選手は、昨年に引き続いて準決勝の敗退となった。

 準決勝のもう1試合は、世界ランク6位のマルチナ・ヒンギス(スイス)が世界ランク8位のエレーナ・デメンティエワ(ロシア)を2−0(6−4、6−3)で破って、決勝へ進出した。昨年の決勝戦の再現となったヒンギスとデメンティエワ戦。昨年は、デメンティエワの前に屈したヒンギスだったが今大会は相手を退け、リベンジを達成。ヒンギスは過去4回の優勝、デメンティエワは昨年の覇者。歴代の女王同士の戦いとなった準決勝はヒンギスが勝ち星を奪い、8回目の決勝進出を果たした。

 明日4日、初めて決勝に進むイワノビッチ(セルビア・19歳)とヒンギス(スイス・26歳)が決勝戦を行う。

(引用:ライブドアニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070203-00000063-jij-spo

KID 左手一本で練習再開へ


KIDはあきらめない−。28日のレスリング全日本選手権(東京)で右ひじを脱臼したプロ格闘家の山本“KID”徳郁(29)=KILLER BEE=が、近日中に練習を再開することが29日、明らかになった。

 KIDのマネジメント担当者は「本人はすぐに練習をやると言っている。右腕は使えなくても左手は使えるし、練習はできるので」と説明。全日本選手権の8強入りで出場権をつかんだ6月の全日本選抜(東京)に向け、「バリバリやる気になってます」と意気込みを代弁した。

 KIDは前日の2回戦で、アテネ五輪銅メダリストの井上謙二(30)=自衛隊体育学校=にフォール負けした際、右ひじを痛めて病院へ直行。「後方脱臼」で全治3〜4か月と診断され、目標の北京五輪に向けて厳しい状況に陥った。

(引用:ライブドアニュース

KID病院直行16秒完敗!アマくなかった全治3〜4か月…全日本レスリング


◆レスリング全日本選手権最終日 準々決勝○井上謙二(16秒 フォール1P)山本“KID”徳郁●(28日、東京・駒沢体育館) KIDが病院送りにされた。北京五輪を目指してアマ復帰した山本“KID”徳郁(29)=KILLER BEE=は、男子フリー60キロ級準々決勝でアテネ五輪銅メダルの井上謙二(30)=自衛隊体育学校=と対戦。腕を取られて投げられ、開始16秒で無念のフォール負け。右ひじを脱臼して救急車で病院に搬送された。診察の結果、全治3〜4か月と五輪への道はいきなり試練を迎えた。

 衝撃的な光景に、満員の観客は声を失った。プロのリングで伝説を積み重ねてきた“神の子”が、アマのマットで屈辱の秒殺負け。さらに、腕を破壊されて病院送りにされた。「軽くけがをしちゃったんで、がっちり治してきます」とコメントを残して救急車に乗り込んだKIDだが、都内の病院で診察した結果は「全治3〜4か月の後方脱臼」。決して“軽く”はなかった。

 準々決勝は明らかに動きが切れていた。アテネ五輪銅の井上に自分から攻め込む。だが、過去2勝2敗のライバルに狙われていた。右腕を取られて井上の得意な巻き投げの餌食に。一瞬で体が反転、無理な体勢で手を付いた。激痛で顔がゆがむ。開始からわずか16秒。フォールされる前にタップした。左手で押さえた右ひじは、信じられない方向に曲がっていた。

 セコンドに付いたのはミュンヘン五輪代表の父・郁栄さん(61)。ともに元世界女王の姉・美憂さん(32)、妹・聖子さん(26)も見守った。1回戦は硬さも見えたが、第2ピリオドは強烈なタックルもさく裂させ、圧勝発進。人気絶頂のプロ格闘家は、スポットライトも入場曲もないアマの世界に戻り、家族とともに北京への第一歩を順調に踏み出したはずだった。

 山本家の古いアルバムに収められている新聞の切り抜き。写真の中には35年前の五輪でメダルに届かぬ7位に父が泣いていた。その悔しさを晴らそうとした姉と妹も、五輪切符を逃し、今や家族の夢をかなえられるのはKIDだけ。美憂さんも聖子さんも「ここまで動きが戻っているとは」と見いだした可能性は、一瞬にして大けがという厳しい現実に変わり、郁栄さんは思わず「ちくしょう」と叫んだ。

 今大会の8強で6月の全日本選抜の出場権は確保した。だが、7年2か月ぶりに復帰したばかりで、またも全治4か月とブランクを強いられる。腫れが引いてから検査するじん帯に損傷があればさらに時間がかかる可能性もある。それでも全日本選抜で優勝しなければ、北京に直結する世界選手権(9月・アゼルバイジャン)への道は自力でつなげない。すぐさま「いつから練習できるのか」とドクターに確認を求めたKID。悲運の系譜を断ち切れるのか、神の子はいきなり窮地に立たされた。

 ◆山本“KID”徳郁(やまもと・のりふみ)1977年3月15日、川崎市生まれ。29歳。KIDは愛称。レスリングは父・郁栄さんの指導で5歳から始めた。桐蔭学園高を中退して米国留学。その後、山梨学院大に進学。99年に全日本大学選手権フリー58キロ級優勝、全日本選手権準優勝。01年にプロ格闘家としてデビューし、04年にK−1初参戦。家族は妻と2男1女。身長163センチ。

 ◆井上再起願う “神の子キラー”となった井上は準優勝。日大時代には2勝2敗だったKIDを破壊した得意の巻き投げは狙い通りだったが、「(けがをさせて)ちょっと残念です」と複雑な表情を浮かべた。大会前に物議を呼んだ両腕のタトゥーのうち前腕部を、KIDがテーピングで覆って臨んだことも災いした。恩師の高田裕司・山梨学院大監督(52)は、「テーピングをしていなかったら、(投げが)すっぽ抜けた可能性もある」と惜しんだ。

 ◆北京五輪へ出場するには KIDは6月の全日本選抜に勝ち、今大会優勝の湯元健一(日体大)とのプレーオフで9月の世界選手権の出場権を得た場合、「世界」でメダルを取れば事実上「北京」内定。「世界」8強→12月の全日本選手権優勝でも五輪が決まる。逆に「選抜」2位以下、もしくはプレーオフ敗退の場合は、「選手権」を待つしかないが、同じ階級の他の選手が出場権を得た時点で、切符は消滅する。

(引用:ライブドアニュース

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070129-00000043-sph-spo

KID脱臼敗退…北京ピンチ


神の子の夢には落とし穴があった。レスリングの全日本選手権最終日は28日、東京・駒沢体育館で行われ、男子フリー60キロ級に約7年ぶりに復帰した山本“KID”徳郁(29=KILLER BEE)はアテネ五輪銅メダリストの井上謙二(30=自衛隊)と対戦した2回戦で右ひじを痛め、開始16秒でフォール負け。「右ひじ後方脱臼」で全治3〜4カ月と診断された。8強入りで6月の全日本選抜出場権は確定したものの、北京五輪切符を懸ける世界選手権(9月、アゼルバイジャン)出場には優勝しかなく、長期休養なら厳しい状況に追い込まれる。

 一瞬の悲鳴と数十秒のどよめきが交差したのは、2回戦のホイッスルから10秒余りのことだった。右腕をとられた山本が、井上の巻き投げをこらえようと、マットに手をついた。右ひじはあらぬ方向に曲がり、苦痛に顔をゆがめる。屈辱のタップ、フォール負け。必死に立ち上がった“神の子”に駆け寄ったセコンドの父・郁栄氏の「ノリ!!」の声が、非常事態を告げていた。

 99年12月の全日本選手権以来、約7年ぶりにアマチュアの舞台に復帰したのは、そのわずか40分ほど前だった。1回戦は試合開始直後こそ動きが硬かったが、終了間際のタックルで第1ピリオドを3―2で制すと、第2ピリオドは目の覚めるようなタックル。昨年の社会人選手権で3位になった土田を抱え投げて圧勝。富山英明強化委員長も「あの瞬発力は今の選手でも最高じゃない?」と絶賛する動きだった。

 だが落とし穴はやはりブランクにあった。日本協会関係者は「あそこで我慢したらケガする。アマから離れていて感覚が鈍ったのだろう」と口をそろえた。この日は両前腕、タトゥーの鮮明な部分にテーピングを巻いて出場した。師匠の高田裕司・日本協会専務理事は「彼なりに配慮した」と説明したが「あれ(テーピング)がなければ(投げが)すっぽ抜けていたかも」と影響を認めた。

 「軽くケガしちゃったんで、ガッチリ治してきます」。発表されたコメントは山本らしい前向きなものだったが、救急車で搬送された都内の病院で下された診断は全治3〜4カ月の重傷。「(全治)1カ月くらいなら」と話していた高田専務理事は「2〜3カ月になると厳しい」と全日本選抜に万全で臨むのは難しいとの見方を示した。昨年7月に北京五輪への挑戦を発表して半年。父は「6月には完ぺきに仕上がる」と手応えを感じていたが、回り道を余儀なくされた。

 その全日本選抜は優勝しなければ、北京へ直結する世界選手権出場はない。それでも、試合終了直後の控室で山本が何度も口にしたのは「どのくらいかかる?いつから練習できる?」の二言。神は克服できない試練を与えないと人は言う。“神の子”が夢をつかむために与えられた試練は、果たしてどうか。折れていない心こそが、唯一の支えになる。

 ▽山本の北京五輪代表への道 6月の全日本選抜での優勝が条件。その上で全日本選手権を制した湯元とのプレーオフに勝てば、世界選手権(9月、アゼルバイジャン)代表に決まる。その世界選手権でメダルを獲得し、12月の全日本選手権に出場した選手は北京五輪代表に内定。また世界選手権で8位以内に入賞した場合、12月の全日本選手権優勝で内定する。

 ≪谷川氏「負けても絵になる」≫観戦したFEGの谷川貞治イベントプロデューサーは「負け方も含めて非常に絵になる。ドラマチックな男だなと思いました」と山本の挑戦を高く評価した。試合後の山本は「悔しいな。すみません」と話していたという。6月の全日本選抜出場は本人の判断に委ねる構えだが「まずはケガの程度が心配。レスリング界には大きな貢献をしたと思う。僕はHERO’Sに帰ってきてほしい」と希望を語った

(引用:ライブドアニュース

格闘家ノリ誕生?K1がラブコール


ノリよK―1に来い!!K―1を主催するFEGの谷川貞治イベントプロデューサー(45)は25日、都内で記者会見を行い、日本人選手の強化を目的とした「K―1ジャパン戦士育成プロジェクト」を立ち上げることを発表。プロ野球オリックスを自由契約となった中村紀洋内野手(33)に同プロジェクトへの参加を呼びかけた。プロ、アマを問わずあらゆるスポーツ選手に門戸を開くK―1。“格闘家ノリ”が誕生するのか成り行きが注目される。

 K―1ワールドGPの記者会見の席で谷川イベントプロデューサー(EP)が画期的な構想を披露した。「強い日本人を育てるプロジェクトを立ち上げたい」と今季から「K―1ジャパン戦士育成プロジェクト」をスタートすることを発表。さらに、その目玉としてオリックスを自由契約となり、移籍先を模索中の中村に白羽の矢を立てた。

 「中村選手なんかいいと思う。行く所がないなら、ぜひうちに来てほしい」と谷川EPは熱烈なラブコールを送った。1メートル80、92キロの恵まれた体格、フルスイングで培った太い二の腕に「格闘技をやったら絶対に強くなる」と太鼓判を押した。

 同プロジェクトは、プロ、アマを問わず体重80キロ以上の格闘家を含むあらゆるスポーツ選手が対象。2月下旬にトライアウトを行う予定で最終的には10人前後に絞られる。コーチにはK―1で活躍したアーネスト・ホースト、マイク・ベルナルドを起用し技術を徹底的に叩き込む。オランダや南アフリカなどでの合宿、新日本キックや海外のキックボクシングで武者修行も計画している。1年ごとにメンバーを入れ替えながら、最終的にはK―1ワールドGP決勝トーナメントのリングで世界の強豪と戦う選手を育てることが目標だ。

 昨年大みそかのDynamite!!が19・9%の高視聴率を記録するなどK―1人気は健在だが、継続にはさらなるサプライズを用意することが必要だ。特に話題性のある日本人のスターはのどから手が出るほど欲しい。中村ならその条件を十分に満たしている。これまでアメリカンフットボール出身のボブ・サップら格闘技以外の分野から格闘家に転向した例はあるが、プロ野球界からとなれば史上初となるだけに注目度は大きい。

 谷川EPは、報酬に関しても「働きながら上を目指すハングリーさも必要だが、中村選手が本当に参加するなら考える」とVIP待遇で受け入れる用意があるという。国内移籍の見通しが立っていない中村にとって、K―1は救いの神となるのだろうか。

(引用:ライブドアニュース

愛ちゃん「朋美塾」で五輪魂継承


天才卓球少女」が、「冬季五輪の申し子」に弟子入りする。卓球日本女子のエース・福原愛(18)=グランプリ=が、98年長野五輪スピードスケート女子五百メートル銅メダリストの岡崎朋美(35)=富士急=と4、5月に国内で合同トレーニングを行うことが22日、明らかになった。福原側から申し入れ、岡崎側が快諾したもの。福原は2008年北京五輪出場&メダル取りへ向け、冬季五輪4回出場した岡崎の勝負への執着心など、精神面の指導を受け“五輪魂”を注入される。

 「朋ちゃん」、「愛ちゃん」−。冬季、夏季五輪競技を代表する人気女性アスリート同士が、17歳離れた“姉妹”のように一緒に汗を流す。2人は98年5月のチビリンピックで初対面。以来、大手菓子メーカーの会見で同席するなど交流を深めてきた間柄だ。

 関係者によると、福原側から申し入れ、スピードスケートがオフシーズンの4月か5月をめどに、福原が岡崎を訪れる。持久系の筋力トレーニングや走り込みと並行し、岡崎が10数年世界と戦ってきた、競技への取り組み方や五輪への心構えなどを吸収する。プロ野球選手と格闘家の合同トレなどはあるが、夏・冬アマチュア競技選手同士の合同は、まれだ。

 福原は、21日に閉幕した全日本選手権シングルスでベスト16、ダブルスは初戦敗退と振るわなかった。そこで福原の父・武彦氏(64)は08年北京五輪をにらみ、フォアハンドの改良、ラケットのラバーの張り替えなど、技術的な「大改造計画」への着手を示唆。それと同じく、重要視するのが精神面強化だ。

 岡崎は98年長野五輪五百メートルで銅メダルを獲得。だが、その後は00年につい間板ヘルニアに悩まされ、腰を手術。強じんな精神力で練習に励み、02年のソルトレークシティー五輪では日本記録を樹立。昨年のトリノ五輪では、日本選手団の主将も務めるなど、世界を代表する女性アスリート。

 世界ランク13位の福原にとって今年は大事な1年。最短で来年1月の世界ランク(20位以内)で北京五輪出場が決まる。世界各地を転戦するプロツアーに積極参戦し世界ランク向上を狙うが、中国など各国の強豪選手との対戦が予想される。そのため父・武彦氏は「厳しい練習を通じて岡崎選手の競技に対する姿勢、勝負への執着心を学んでほしい」と期待を込める。

 04年のアテネ五輪。日本最年少の15歳9か月で初出場した福原は、日本勢最高のベスト16入りを果たした。4度の冬季五輪に出場し、15年以上世界で活躍し続ける岡崎の精神力を受け継ぎ、北京五輪でのメダル取りへ心身とも大きくなっていく。

 ◆福原 愛(ふくはら・あい)1988年11月1日、宮城・仙台市生まれ。18歳。99年に11歳1か月の最年少で全日本選手権一般の部に出場。03〜05年まで女子ダブルス3連覇。03年5月の世界選手権(パリ)個人ベスト8。04年3月の世界選手権(ドーハ)団体銅メダル。同年のアテネ五輪シングルスベスト16。06年の世界選手権団体(ブレーメン)銅メダル。青森山田中−青森山田高。156センチ、48キロ。血液型B。家族は両親と兄。

 ◆岡崎 朋美(おかざき・ともみ)1971年9月7日、北海道・清里町生まれ。35歳。小3でスケートを始め、清里中、釧路星園高を卒業後、富士急に入社。98年長野五輪五百メートルで銅メダル。06年トリノ五輪では日本選手団の主将を務め、五百メートル4位。05年1月には、自身7度目の日本新(37秒73=当時)を樹立。06年12月の全日本スプリントで9年ぶり3度目の総合優勝。164センチ、58キロ。血液型A。家族は両親、姉、兄。

(引用:ライブドアニュース

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